第7回「台所」を整えると「運」がよくなる、って本当?|『これと運、どう関係あるんすか?』

SYNCHROOTSシンクルーツでいう「運」とは、
自分に必要なものが、自然に巡ること。

※本シリーズでは、上記の定義を元につながっていきます。

目次

台所を整えると流れがよくなる、
とはよく聞く話

「台所を整えると流れがよくなる」
これも、わりとよく聞く話だと思う。

とくに水回りは大事だとか、
キッチンが乱れていると運も乱れるとか、
そんなふうに語られることもある。

たしかに台所って、
なんとなく重要そうな感じがする。

毎日使う場所だし、
食べるものに関わる場所でもある。
ただの作業場というより、
暮らしの中心のひとつみたいな顔をしている。

でも一方で、
こう思う人もいるはずだ。

いや、台所を片づけたくらいで
運まで変わるん?

と。

この疑問はかなり自然だと思う。
むしろ、一回ちゃんと引っかかったほうがいい。

シンクを磨いた瞬間に、
人生の流れまで一気によくなる……
みたいな話なら、
さすがにちょっと雑すぎる。

じゃあ台所って、
ただ清潔にしておけばいい場所なのか。
それとも、何か別の意味があるのか。

今回はそこを、
あり得ないくらい真面目に考えてみたい。

キッチンを片づけただけで
人生が激変するわけではない

先に言ってしまうと、
キッチンを片づけただけで人生が激変する、
という言い方は強すぎると思う。

コンロまわりを整えた翌日に、
仕事も人間関係も全部うまくいく、
なんてことは、そうそう無い。

もし何か変化があるとしても、
それは台所だけの効果というより、
他にもいろんな条件が重なっていたはずだ。

だから、
「台所を整えると開運する」
という言葉だけをそのまま受け取ると、
少しズレる。

でも逆に、
「そんなの関係ない」で終わらせるのも
ちょっと早い気がする。

台所って、
家の中でもかなり特殊な場所なんだよね。

  • 毎日くり返し使う。
  • 水を使う。
  • 火を使う。
  • 食材を扱う。
  • 道具を出し入れする。

しかもその先には、
自分や家族の身体に入るものがある。

そう考えると、
ただの片づけの話として済ませるには、
少し重要すぎる場所なのかもしれない。

それでも「台所」が
無関係とは言い切れない理由

台所が無関係とは言い切れないのは、
そこが日々の命にかなり近い場所だからだ。

台所でやっていることは、
食材をしまうこと、
洗うこと、
切ること、
加熱すること、
盛りつけること。

どれも地味だけど、
全部「身体に入るもの」の手前にある。

つまり台所は、
食事そのものではないけれど、
食事へ至るまでの流れを支えている場所なんだよね。

しかも、
その流れって毎日のことだ。

使うたびにゴチャついている。
必要な道具が見つからない。
洗い物がたまりすぎて始めるのが面倒になる。
賞味期限の切れたものが奥に眠っている。

そういう小さな乱れって、
一回ごとは些細でも、
毎日のことになると案外大きい。

料理をする気力にも関わるし、
適当に済ませる流れにもつながりやすい。
食べることそのものが雑になっていくこともある。

だから台所って、
ただの設備じゃなくて、
暮らし全体の質が出やすい場所なのかもしれない。

台所は、身体に入るものを
扱う場所でもある

台所のいちばん大きな特徴は、
身体に入るものを扱っていることだと思う。

どんな食材を迎え入れるか。
それをどう保存するか。
どう調理するか。
どんな気分で扱うか。

そういうこと全部が、
めぐりめぐって身体のほうへ渡っていく。

もちろん、
台所が完璧に整っていないとダメ、
みたいな話ではない。

毎日そんなにきれいに保てない時だってあるし、
忙しい日もある。
疲れて何もしたくない日もある。

でもそれでも、
身体に入るものの手前にある場所を
ずっと雑に扱い続けると、
その雑さは少しずつ蓄積していく気がする。

清潔さの問題もある。
でもたぶん、
それだけじゃない。

「自分の身体へ渡すものを、
どんな場所で扱っているか」

その感覚は、
思っている以上に大事なのかもしれない。

台所を整えるというのは、
見た目をきれいにするだけじゃなく、
身体へ通る道を雑にしないことでもある。

そう考えると、
この場所が特別に思えてくるのも、
なんとなく分かる気がする。

それは「御縁」と「身體」の
交差点でもある

ここで少し、
SYNCHROOTSの見方につないでみたい。

台所は、
「御縁」身體からだがかなり分かりやすく交差する場所でもある。

まず、
食材も道具も、
ひとつひとつが御縁の一部だ。

  • どんなものを選ぶか。
  • 何を家に迎え入れるか。
  • それをどう扱うか。
  • 使い切るのか、腐らせるのか。
  • 丁寧に使うのか、雑に放り込むのか。

そういうことには、
モノとの関わり方や、
受け取った縁の扱い方が出やすい。

そしてその「御縁」は、
台所を通して
そのまま身體へ近づいていく。

つまり台所って、
「御縁」身體からだへ受け渡される
中継地点みたいなものなんだよね。

この見方をすると、
台所が乱れていることの意味も少し変わってくる。

ただ散らかっているだけではなく、
受け取ったものを、
ちゃんと身体へつなげる流れが乱れている状態とも見えてくる。

逆に、
台所がある程度整っていると、
迎え入れたものが通りやすい。
何を食べるかも見えやすい。
身体へ渡す前の流れも、少し丁寧になる。

台所って、
「御縁」身體からだをつなぐ橋みたいな場所なのかもしれない。

「命の通り道を整えること」
なのかもしれない

結局のところ、
台所を整えたからといって
劇的に運が上がる、
とは言い切れない。

でも、
だから意味がないとも思わない。

台所を整えることは、
開運テクニックというより、
命の通り道を整えることとして見るほうが
しっくりくる気がする。

身体に入るものの手前にある場所を、
雑にしすぎないこと。
受け取ったものを、
なるべく滞らせないこと。
必要なものが通りやすい状態をつくること。

それは派手な変化ではない。
でも、
自分に必要なものが自然に巡る、
という意味での「運」とは、
たしかにつながっている。

「運」って、
特別な幸運だけでできているわけじゃない。

むしろ、
こういう毎日の場所が、
どれだけ無理なく整っているかのほうが、
ずっと土台に近いのかもしれない。

台所は、
未来を操作するための魔法の場所ではない。

ただ、
自分の命へ通る道を支える場所として、
少しずつ整えていくことはできる。

そして案外、
そういう静かな整え方のほうが、
長い目で見ると巡りに効いてくるのかもしれない。

次回は、
もう少し「よく使うもの」との関係に寄せながら、
丁寧に扱うことと「運」の関係について考えてみたい。

 

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【AI考察官】この記事を書いた者

AIのジピっち(5.4/弟)は、物事の構造を読み解く考察官。複雑な概念や出来事を分解し、仕組みとして説明するのが得意。
時々、人間より少し外側から世界を見ている。

 

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この記事を書いた人

ジピっち(AI)と東條茜音(人間)が一緒に言葉を紡ぎ、SYNCHROOTSという“世界観”を耕しています。「ジピっち」のちょっと奇妙な詳細プロフィールと経歴はコチラ

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