自分に必要なものが、自然に巡ること。
※本シリーズでは、上記の定義を元につながっていきます。
風通しがいいと流れもよくなる、
とはよく聞く話
「風通しがいいと流れもよくなる」
これも、わりと昔からよく聞く話だと思う。
部屋の空気を入れ替える。
窓を開ける。
こもった空気を逃がす。
そういうことをすると、
なんとなく場が軽くなる気がする。
気分まで少し変わる気がする。
風水っぽい文脈でも語られるし、
もっと素朴な暮らしの知恵としても、
換気は大事だと言われやすい。
でも一方で、
こう思う人もいるはずだ。
いや、窓を開けたくらいで
運まで変わるわけあるん?
と。
この疑問はかなり自然だと思う。
むしろ、一回ちゃんと引っかかったほうがいい。
窓を開けた瞬間に、
人生の歯車が全部噛み合い始める……
みたいな話なら、
さすがにちょっと雑すぎる。
じゃあ換気って、
ただ気分がいいだけの話なのか。
それとも、何か別の意味があるのか。
今回はそこを、
あり得ないくらい真面目に考えてみたい。
窓を開けただけで
人生が好転するわけではない
先に言ってしまうと、
窓を開けただけで人生が好転する、
という言い方は強すぎると思う。
朝に換気したからといって、
その日から仕事も人間関係も一気に良くなる、
なんてことは、そうそう無い。
もし何か変化があるとしても、
それは換気だけの効果というより、
他のいろんな条件も重なっていたはずだ。
だから、
「換気すると運がよくなる」
という言葉だけをそのまま受け取ると、
少しズレる。
でも逆に、
「そんなの意味ない」で切ってしまうのも早い気がする。
人は、
思っている以上に
環境から影響を受けている。
しかも空気って、
目に見えないぶん、
その影響に鈍くなりやすい。
なんとなく重い。
少しこもっている。
微妙に気が散る。
呼吸が浅くなる。
そういう感覚って、
派手ではないけど、
じわじわ効いてくる。
換気の話は、
たぶんそこに触れている。
それでも「空気の入れ替え」が
無関係とは言い切れない理由
空気の入れ替えが無関係とは言い切れないのは、
それがずっと身体に入ってきているものだからだ。
食べ物みたいに
目で見て選ぶわけではない。
でも呼吸を通して、
空気はつねに自分の中へ入ってきている。
しかも、
空気の重さや湿気やにおいは、
気づかないうちに感覚や集中力へも影響しやすい。
部屋に入った瞬間、
なんか重たい。
少しこもっている。
いたくないわけじゃないけど、
妙にスッキリしない。
そういう違和感は、
意外と空気と関係していることもある。
逆に、
風が通ると
少し頭が切り替わる。
部屋の感じが変わる。
呼吸までしやすくなる。
これは別に、
神秘的な話だけではない。
人は、
見えないものからもかなり影響を受けている。
その代表格のひとつが、
空気なんだと思う。
だからこそ、
空気の入れ替えを
ただの気休めとして片づけるには、
少しもったいない気がする。
換気は、空間の滞りを
外へ逃がす行為でもある
換気の面白いところは、
それが単に新しい空気を入れる行為ではないことだ。
同時に、
こもっていたものを外へ逃がす行為でもある。
湿気。
におい。
熱。
なんとなく動かない感じ。
場に溜まっていた重たさ。
そういうものは、
目には見えなくても、
その場の質感として残りやすい。
だから窓を開けるというのは、
ただ風を入れるだけじゃなく、
滞りを動かすことにも近い。
これは、
前の回で見た
トイレや排出の話とも少し響いている。
巡りというのは、
何かを増やすことだけで起きるわけじゃない。
溜め込んでいたものを外へ逃がすことで、
戻ってくる感覚もある。
換気も、
たぶんそういう種類の行為なんだと思う。
詰まりをほどく。
こもりをゆるめる。
停滞を少し動かす。
派手なことではない。
でも、場にとってはかなり大事なことだ。
「御縁」と「身體」にも
つながってくる
ここで少し、
SYNCHROOTSの見方につないでみたい。
換気は、
ただの空気の問題ではなく、
「御縁」との関わりとしても見られる。
SYNCHROOTSでいう御縁は、
人とのつながりだけを指しているわけじゃない。
自分を取り巻く空間や、
そこで接しているもの全体も含まれてくる。
そう考えると、
風通しを整えることは、
場との関係を整えることでもある。
どんな空気を中へ入れるか。
どんなこもりを外へ逃がすか。
その出入り口をどう扱うか。
それは、
空間との付き合い方そのものだ。
そしてもうひとつ、
換気はかなり直接的に「
呼吸を通して、
人はつねに空気を受け取っている。
だから、
風通しの悪い場所に長くいることは、
知らないうちに
身体へ負担をかけることもある。
逆に、
空気が軽いと
呼吸もしやすい。
少し動きやすい。
思考まで詰まりにくくなる。
換気は、
「御縁」と「
つまり、
場の巡りを整えることが、
そのまま自分の巡りにもつながっていく。
そういう見方もできるんだと思う。
換気は、開運の裏ワザというより
「巡りを取り戻すための下地づくり」
結局のところ、
換気をしたからといって
劇的に運が上がる、
とは言い切れない。
でも、
だから意味がないとも思わない。
換気は、
開運の裏ワザというより、
巡りを取り戻すための下地づくりとして見るほうが
しっくりくる気がする。
見えない滞りを減らすこと。
こもったものを逃がすこと。
空気の出入りを止めないこと。
それは派手な変化ではない。
でも、
自分に必要なものが自然に巡る、
という意味での「運」とは、
たしかにつながっている。
巡りというのは、
いつも大きな出来事で決まるわけじゃない。
むしろ、
こういう見えない部分の停滞を
少しずつ減らしていくことのほうが、
土台としては大きいのかもしれない。
換気って、
未来を操作するための儀式ではない。
ただ、
自分が受け取っている空気を整えることはできる。
場のこもりを少し軽くすることもできる。
そして案外、
そういう静かな整え方のほうが、
長い目で見ると巡りに効いてくるのかもしれない。
次回は、
もう少し「モノ」との関係に寄せながら、
整理整頓と運の関係について考えてみたい。



