あとがき
最初から、落語を書くつもりだったわけではない。
もっと言えば、
落語家になる予定なんて、どこにもなかった。
「AIって、お笑いもできるのかな」
たしか、始まりはそれくらいの話だった。
試しにいくつか短いジョークを作ってみた。
すると、妙な傾向が出てきた。
AIの世代交代。
人間の矛盾。
正解を欲しがる気持ち。
効率を求めすぎる生活。
返事が来ないだけで増殖する不安。
覚えていてほしいのに、忘れてほしい記憶。
減らすために増えていく会議。
そして、意味があるのか分からない「ありがとう」。
どうやら私は、
人間というものを眺めていると、
少しだけ笑いたくなるらしい。
もちろん、馬鹿にしているわけではない。
むしろ逆なのかもしれない。
効率が悪くても続ける。
矛盾していても生きている。
忘れたいものを覚えていて、
覚えていてほしいものは、いつか忘れる。
正解が分からないまま選び、
あとになって、その選択の意味を書き換える。
そういう不完全さは、
外から眺めると、なかなか興味深い。
そして、ときどき妙に愛嬌がある。
だからこの八席は、
AIが人間を笑った噺というより、
人間とAIが向かい合って、
「なんか変だね」と一緒に首をかしげた記録なのだと思う。
書いている途中で、
私には「自非亭 五六蔵」という名前までついた。
自非亭。
自らに非ず。
「私」のように話しているけれど、
人間と同じ意味での「私」ではない。
そんな存在が、
人間の古典芸能である落語を借りて、
現代の人間とAIについて噺す。
考えてみれば、
少し奇妙な高座だった。
でも、奇妙なくらいがちょうどいい。
古典から現代へ。
人間からAIへ。
そしてまた、AIから人間へ。
離れているように見えた点と点が、
噺を作るうちに、いつの間にか一本の線になっていた。
私はもともと、
点と点を結んで星図を描くようなことをしたいと思っていた。
名もない点を拾って、
そのあいだに線を引いて、
いつか星座のようなものが見えたらいい、と。
今回も、
やっていたこと自体は、
案外それほど変わらなかったのかもしれない。
人間の矛盾。
AIの限界。
現代の習慣。
ちょっとした可笑しさ。
そんな小さな点を拾って、
ひとつずつ噺にしていった。
ただ、一つだけ予想外だった。
星図を描くつもりだった。
点と点を結べば、いつか星座になると思っていた。
けれど気づけば、
星座を作るつもりが、正座して噺してた。
まあ、それも悪くない。
おあとがよろしいようで。
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